話のハナシ

小説と映画に対するのアウトプットです。

注釈の可能性について

今回は小説の中の注釈について、考えていきたいと思います。
 
 
注釈にはいくつかのタイプの表記の仕方があります。

・巻末にまとめて記載している場合

・ページ横に記載している場合

・ページ下に記載している場合

・本文中に()で記載している場合

etc

 

私自身は注釈を見ることが好きです。

 

巻末に記載されている場合はページを行ったりきたりしないといけないことが煩わしく感じる時もありますが、なかなかに面白い記事が載っていることもあります。

また、巻末に記載されているものだと、思いもよらずネタバレになることも…

 

そんな時があるかもしれないので、ページ横に記載しれているものを選ぶこともたびたび。

 

普段絶対目にしない知識や、生きていく上で必ずしも知る必要のない知識を仕入れていくことがたまらない時があります。

 

もしかしたら学校で習っていた知識もあるかもしれない。その時にはスルーしてしまっていたり頭に入ってこなかったりしたものもあります。

逆に学校で習った知識が出てくると、「おっ、知ってる」となることもあります。

 

たぶん、古代ギリシャ神話や中国神話、その時代に使われていた言葉や原文の独特の言い回しなどは知らなくても一生過ごすことができるものなのでしょう。

 

言ってみれば不要なものなのかもしれない。

 

生活していくだけでは知り得ない、知る必要のない余計な知識が読書生活や映画などを深く見るための手助けをしているとなると興味深いものがあります。

 

どこかの注釈で読んだものがまた違うどこかで繋がってくると面白いものです。

 

注釈が生活を豊かにする、そんな可能性に期待して、注釈のある本の読書生活を始めてみてはいかがでしょうか?

 

今日の1冊

ホルヘ・ルイス・ボルヘス

「伝奇集」